誤解?【天才・ニュートン】のリンゴの逸話って嘘なの!?現世に遺した名言と共に解説します!

アンカー・棚受け・金具など、耐荷重が知りたくて説明書きを見ると[耐荷重:〇〇kN(ニュートン)]という表記が書いてありますよね。新計量法が1993年11月に施行されたことによって、力を表す単位が「キログラム(kgf)」から「ニュートン(N)」に変更になりました。

この「ニュートン」の単位というのは、イギリスのアイザック・ニュートンという天才物理学者の名前にちなんで付けられたものになります。

自分の名前が単位の名称にまでなるほどの功績・知名度を残したこのニュートンは、万有引力を発見した世界的有名な天才科学者です。彼を知っている人になじみがあるエピソードとして、「リンゴが落ちるのを見たのをきっかけに大発見をした」という逸話もありますが、それには少々誤解されていることもあり、リンゴの逸話自体が嘘のエピソードでは、とも言われています。

この記事では 天才ニュートンの幼少期のエピソードや、リンゴのエピソードについて、そして彼の遺した名言などを紹介したいと思います。

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天才・ニュートンの幼少期

産まれた時のこと

アイザック・ニュートンは1642年のクリスマスの日、12月25日に、イングランド東部のリンカンシャー州グランサムに近いウールズソープの大きな農園で産まれました。ニュートンのお父さんは、ニュートンが産まれる3か月前に亡くなっています。

彼が3歳の時、お母さんはお金持ちのバーナバス・スミスという男性と再婚をして家を出ることになりました。そこからニュートンは、お祖母さんに育てられることになりました。

学校生活

進学のための中等学校(グラマー・スクール)へ行くことが期待されていたニュートンは、9キロほど離れたグランサムという小都市にある、エドワード6世中等学校に入りました。学期の間彼はグランサムにある薬局に住んでそこから学校に通っていました。

子供の頃から器用だったニュートン

ニュートン少年が学校の壁に刻んだ「I newton」の文字

生徒としてのニュートンについての学校時代については記録もほとんどありません。子供の頃からニュートンは、遊びに夢中になるというよりかは、小さな機械を発明したり模型を作る事に時間を使いました。

グラマー・スクールに通っていたころは、別居中のお母さんから送られてくるお小遣いを節約して、のこぎりや金槌、木やその他の材料を買いました。そして寝泊まりしていた薬局の屋根裏に水時計を作り、その地方ではまだ珍しかった風車の模型も作りました。風のない時にはネズミをその模型に入れて風車が動くようにしました。薬局の戸棚にあった化学薬品を使って化学の実験もしました。

これらは、少年の頃のニュートンがどんなに器用で発明好きで、機械をよく理解していたかを示しています。

向いていなかった農場経営~ケンブリッジ大学へ入学

16歳の頃、再婚相手を亡くした母が、3人の弟と妹を連れて帰ってきました。母がニュートンを連れ戻したのは、広くなった農場の管理をし、畑仕事やひつじの世話をしてもらおう という目的があったのです。最初はお母さんのお願いに従い農場の管理をしていたニュートンでしたが・・・

ニュートン
やっぱりだめだ。自分には農場の仕事は向いていない。お母さん、どうしてもまた学問がしたいのです。許してください
こうしてニュートンは、家に9か月居た後、グランサムの学校へ戻りました。

ヘンリー・ストークスという校長先生が彼を教え、世話をしてくれました。ニュートンは一生懸命勉強し学校で一番になり、そして1661年6月、家を去りケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジへ入って勉強することになりました。

万有引力の法則

落ちるリンゴのエピソード~誤解?嘘なの?

小石川植物園

ニュートンがリンゴが落ちる様子を見て「地球とリンゴの間には引力が働いている」ことを発見したのは有名な話です。実はこの話には少し誤解があり、物理の知識がない一般の人にもわかるように説明するために作られた比喩のようなのです。

あの有名なリンゴのエピソードが嘘?と聞くとちょっと残念ですね。ですがこういった逸話が作られたのは、万有引力の法則を発見した彼の功績がそれだけ偉大なものだったからでしょう。

定説になっているリンゴのエピソードはこんな話

1665年ある秋の日のこと。ニュートンが全ての物のあいだに働く重力(万有引力)という事を思いついたのはペスト流行の頃、ウールズソープの農園の庭に座っていた時だといわれています。(※ペスト・・・野ネズミに寄生するノミを介入して人に伝染する病気。当時ヨーロッパでは死亡率が高い病気として恐れられていました)
彼はリンゴが落ちるのを見つめていて(頭の上に落ちたという説もあります)どうしてリンゴは地球に引っ張られているのか不思議に思ったのです。

ニュートン
全ての物には引っ張る力があって、地球の引っ張る力は地球の中心にあるに違いない!
こうして「万有引力の法則」を発見した。と世に認知されています。が、この話には色々な説があり、ニュートンも書いたものの中でリンゴを挙げてはいますが、この話は「誤解だ」「嘘だ」という声もあり、本当かどうかは分かりません。

後にニュートンは、ウールズソープにいた2年間の事をこう言っています。

ニュートン
独創力という面で、生涯最高の時でした

プリンキピア

そして1687年、ニュートンが著したプリンキピアという書物にて、万有引力の法則が初めて世界に伝えられ、近代的な力学が確立しました。この「プリンキピア」は、運動の法則や万有引力を基に自然界の仕組みを明らかにし、近代科学の出発点となりました。

名声を得たニュートンは、その後国会議員や造幣局の長官、王立協会の会長などを務めました。

ニュートンが遺した名言の紹介

偉大な発明、功績を現世に遺してくれたニュートンですが、それだけではなく、心に響く名言もたくさん遺してくれています。その中でも、筆者の主観で特に感銘を受けたものをいくつか紹介したいと思います。

今日なし得ることを全力で尽くせ。しからば明日は一段の進歩あらん。
自分を相手より利口に見せても愚かに見せても、得る所はない。
たとえ相手がつまらない人物であっても、額面どおりに相手をこきおろすよりは、額面以上に相手をほめるほうが安全である。賞讃は非難ほど反発されないし、少なくとも嫌がられないからだ。
成功に必要なことをあえて一つ述べるとすれば、それは、「つねに願望や目標について考えることだ」と言うことに尽きる。なぜなら、私たちの人生は私たちの「思考」でつくられているからだ。
一生を振り返るとわたしは砂浜できれいな貝がらをひろって喜ぶ小さな子供にすぎない。
発見する方法は、簡単です。1週間、1ヶ月、1年と、そのことだけを考え続けるのだ。そうすると月明かりが指してくるように、問題が見えてくる。
若いときは、他の人の仕事をするのを決して嫌がらないことだ。そして歳をとれば、自分よりもよくできる人の仕事には決して手を出さないことだ。

まとめ

いかがだったでしょうか。ニュートンは、子供の頃からのその天才的な発想で、それまでの考え方をひっくり返すような進歩をいろいろな分野でもたらしました。ニュートンの考えは、アルベルト・アインシュタインなどの科学者によって、もっと進んだものに改められました。しかし、ニュートンの考え方は、宇宙の活動や私達の住む世界の仕組みを科学的に説明する仕方に、今でも大変大きな影響を与え続けています。

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