【北条時頼】が日蓮から受け取った文書とは?「鉢の木」の逸話についても!

鎌倉時代の有名な執権として、北条時頼を挙げることができます。
北条時頼が執権として権力を握っていた頃、日蓮宗の開祖である日蓮が、北条時頼に文書を送っています。この時に日蓮が北条時頼に送った文書が立正安国論です。

今回は日蓮が北条時頼に送った文書について、さらに能の作品鉢の木に入っている北条時頼のエピソードを紹介します。
まずは北条時頼の生い立ちを簡単に紹介するので、是非北条時頼の人物像についてももっと詳しく知ってください。

鎌倉時代の執権、北条時頼の人物像は?エピソードも紹介!

北条時頼は幼い頃から聡明で、才能を認められていた

北条時頼の肖像画

出典画像:wikipedia

北条時頼は幼い頃に両親を亡くして、祖父である北条泰時に育てられました。北条泰時は北条時頼の才能を評価していて、5代目の執権の座に就いています。執権に就任した際には、北条時頼のことを大半の評定衆が支持していませんでした。北条時頼を指示していなかった評定衆の代表格が、三浦泰村です。

1247年の宝治合戦で有力御家人であり、自分に協力的ではなかった三浦泰村を滅ぼしました。その他にも北条氏が権力を握っていることを快く思っていない御家人の勢力を一掃し、北条氏の権力を確かなものにします

しかし北条氏の独裁体制が強くなりすぎると、不満を持つ御家人が増えるということを北条時頼はきちんと理解していました。御家人の不満が爆発することを防ぐため、北条時頼は評定衆の下に引付衆を設置しました。他にも京都大番役の期間を3か月に短縮して、御家人の負担を軽減したのです。御家人だけではなく庶民に対しても救済政策をとるなどして、積極的に保護しています。

北条時頼は晩年には出家して、最明寺殿、最明寺入道などの呼び名でも知られています。執権のときの彼の政策を調べたことで、北条時頼は自分に不利な勢力を削ぐだけではなく、きちんと御家人達に不満が溜まりすぎてしまわないように対策もできる有能な人物であったということが分かりました。さらに、庶民のことを思いやる措置も取ることができる人物であったということが分かりました

次の段落では、能の1曲鉢の木の北条時頼のエピソードを紹介します。

引付衆とは鎌倉時代の役職で、裁判の迅速・公正をはかる目的で設置しました。

北条時頼の美談、鉢の木はどんな話?

能の舞台の写真

出典画像:wikipedia

ある大雪の晩、貧しい家に1人の僧侶が1晩泊めて欲しいと頼んできました。その家の主人は「うちは貧しいからもてなすことができない。」と断ろうとしましたが、僧侶の困っている姿を見て1晩だけ家に泊めることにしました。僧侶を簡単な食事でもてなすことはできましたが、寒さを凌ぐために大切な薪がなくなってしまいます。主人は僧侶のために自分が大切にしていた松や梅、桜の鉢植えを薪として使いました。主人のその行動に感銘をうけた僧侶は、主人の名前を尋ねます。

すると、主人が一族によって領地を奪われてしまった御家人であるということが分かります。今は貧しい暮らしをしている主人ですが、「幕府に何かあればすぐに駆けつけて仕える。」と幕府に対する忠誠心を示しました。

大雪の日の後日、主人は鎌倉幕府に呼ばれて鎌倉に駆けつけます。そこで主人は北条時頼から

北条時頼
大雪の日に家に泊めてもらったのは自分だ。
と伝えられたのです。北条時頼は主人が前に言っていた通りに鎌倉に駆けつけたことから、一族に奪われた領地と新しい土地を主人に与えました。

以上が鉢の木に伝わっている北条時頼の美談です。この話からは、北条時頼が情が深い人物であるということが分かります。

日蓮が北条時頼に提出した文書、立正安国論って?

立正安国論の内容と、北条時頼の反応は?

日蓮の肖像画

出典画像:wikipedia

日蓮が北条時頼に提出した立正安国論とは、どんな文書だったのでしょうか?立正安国論は、法華経を信じれば、民衆も国も救われるという内容の文書です。さらに、最近起こっている天変地異は、民衆が法華経ではなく浄土宗を信じたことが原因で起きているとも記しています。

実際、立正安国論が書かれたされる時期には、鎌倉で大地震、洪水、凶作など様々な天災が起きていました。さらにもっと大規模な凶作が起こり、疫病も蔓延してしまいます。日蓮は立正安国論を北条時頼に渡しましたが、その翌年日蓮を流罪にしたのです。北条時頼は立正安国論に対して特に意見は言いませんでした。しかし、立正安国論はその内容から浄土宗の信徒からの怒りを買っていたため、北条時頼は日蓮を流罪にするしかなかったのです。日蓮が流罪になったことで一度活動が納まりましたが、日蓮が戻ってくるとまた活動を活発にしていきます。

まとめ

いかがでしたか?今回は北条時頼の生い立ちと、鉢の木に収録されている北条時頼の人柄が分かるエピソード、日蓮が北条時頼に提出した立正安国論の内容と、それに対する北条時頼の反応について紹介しました。幼い頃から才能を周りに認められていた北条時頼は、北条氏に不都合な御家人の勢力を削ぐとともに、御家人の不満が爆発しないようにする対策もきちんととって、幕政をさらに安定させました。

鉢の木のエピソードからも分かるように、北条時頼は情が深い人物です。日蓮が提出した立正安国論は、法華経を信じれば救われるという内容でしたが、当時広く信仰されていた浄土宗を批判する内容も含んでいました。そのため浄土宗の信徒が怒って暴動を起こすことがないように、日蓮を流罪にしたのです。北条時頼や日蓮に関するエピソードは、他の記事でも紹介しています。是非他の記事も参考にしてください。

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